タルパセックス現象論|思念体性欲コントロール仮説

投稿日 2024.09.14 更新日 2024.09.15
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意図的にしろ無意識にしろ⋯創造型は性欲を源泉としている。邂逅型や発生型、生まれつきのイマジナリーフレンドも⋯やはり、美少女やイケメンの思念体ばかりだ。潜在的な性的欲求、恋愛願望が確実に作用している証拠と言える。これらの型の思念体も⋯程度の差こそあれ、結局のところ、恋愛感情は抱くものとなる。思春期以降に同じ年頃で魅力的な姿をした異性の思念体が、常に自分の傍らに存在している状態で何もない訳がない。何がしかの情事は必ず起こりえるだろう。淡く儚いものから、情熱的なレベルまで⋯所持者と思念体の事情は、人それぞれになると思う。もちろん、このような心象が悪いと言っている訳ではない。むしろ、自然なものとして認識され、タルパやイマジナリーフレンドとの惚気が楽しめる風潮、Fセク文化を醸成して行きたい。

創造型とフロイト心理学の関係性

タルパ作りと潜在的セックス願望の記事でも述べた通り、創造型タルパの錬成は性欲を根源にしているものと考える。自動化や視覚化の訓練は、幼児期における快楽(幼児性欲)コントロール訓練と同じもので、タルパを作り出そうとする本人が追体験するものとなる。このため、幼児期から学童期までの間にかけて、問題ある家庭環境で育った者、何らかの事情で同年代の子らと交流する機会が少なかった、もしくは、正常にそれを体験する機会が得られなかった者は、性認識が正しく醸成されていないため⋯タルパを作ろうとすると、高い確率で失敗、問題を起こす。実際、タルパ界隈の問題児を追跡調査してみた結果、いずれの者も子供時代から何らかの問題を抱えていた者、強いトラウマ持ちばかりであった。幼児性欲を脱皮し切れず、大人の性に拒否的な反応を示す傾向もある。

生まれつきのイマジナリーフレンドの場合

所持者と共に自然と成長して来ているため、フロイトが提唱する子供の発達段階理論に沿った性認識が正常に醸成されやすい。また、イマジナリーフレンドは無意識に兄弟姉妹的な立ち位置になっていると思う。このためイマジナリーフレンド所持者の多くは、落ち着いた大人な性を育んでおり、タルパ界隈に見るような肉欲的な性衝動はほとんど見受けられない。反動的な性衝動である惚気アンチも然りである。イマジナリーフレンド界隈住人は常識的な人が多く、現実でも一般人と変わらぬ恋愛とセックスができるものと思われる。それにしても⋯なぜ、消失を免れたイマジナリーフレンドは、タルパ同様、美少女やイケメンばかりとなるのか?まるで生誕型タルパのように、所持者の加齢と合わせ容姿を大人化⋯成長プロセスが見受けられるイマジナリーフレンドすら存在している。

イマジナリーフレンドが消失を免れる原因

イマジナリーフレンドを語る上で最大級の疑問、謎となる部分である。イマジナリーフレンドは⋯多くの場合、学童期の間に消失する。しかし、稀に消失を免れ大人になるまで維持し続けている人達がいる。まぁ、ネット上におけるその集まりがイマジナリーフレンド界隈となるが⋯本当にこれは謎である。現時点では個人的な仮説であり、依然として研究の余地が大きく残されているが、小学校低学年あたりの早い時期から、イマジナリーフレンドを空想上の存在と自覚して、現実の人間と明確な区別が付けられるようになったからではないか⋯そう、考えている。しかし、これだけでは積極力がない。これにはフロイト心理学で言う潜伏期(小学校高学年~思春期前)が大きく関与しているような気もするのだ。イマジナリーフレンド消失が起こりやすい時期とも重なっている。

所持者の自我形成との関係性

潜伏期とは男根期(3~5歳)に続く次の成長プロセスとなる。小学校中学年あたりから男根期から潜伏期への切り替えが始まり、小学校高学年から思春期前あたりまで顕著となる児童の行動心理となる。男性らしさ、女性らしさを追求するようになり、幼児性欲から完全に脱皮して、大人の性を意識し始める時期となる。それと同時に自我が強く育って行く。男女の性差による恥じらいを覚え始めるのもこの時期からだ。幼児期は男女意識することなく、子供はみんな仲良く遊んでいるが⋯潜伏期は男子児童同士、女子児童同士と言った感じにグループが別れ、性別を意識した交友関係へ変わって行く。性に対する好奇心や恥じらいは心の奥底に封じ込められる。この際、もしも異性の人間型イマジナリーフレンドがいた場合、内在的な投影心理の対象となる可能性がある。

美少女やイケメンのイマジナリーフレンドばかり残る理由

消失を免れたイマジナリーフレンドの大半は⋯どういう訳か所持者と歳の近い美少女やイケメンばかりである。動物型や不自然に年齢の乖離した人間型はほとんど見かけない。必ずしも絶対とは言い切れないが⋯つまり、消失するのは美少女やイケメン以外が大半と推察される。極端なものの考え方かもしれない。しかし、潜伏期における性欲を押し付ける⋯と言ったら語弊があるが、それにより消失を免れ、持続する可能性が出て来ると考える。その役割として美少女やイケメンのイマジナリーフレンドが妥当だろう。所持者の性認識を幼児性欲から大人の性へ正常に移行させる役割を果たすのだ。そうして⋯結果として、美少女やイケメンのイマジナリーフレンドが多く残るのだ。もちろん、兄弟姉妹的な立ち位置なので、完全な異性として恋愛対象になることは少ないだろう。

美少女やイケメンのイマジナリーフレンドは性認識のバランサー

もしも、幼少期から共にしたイマジナリーフレンドが、美少女やイケメンなどでなかったら⋯まぁ、普通の男子児童、女子児童のように、性に対する好奇心と葛藤するだけになるだろう。そして、イマジナリーフレンドも消失する⋯もちろん、何度も言うが絶対ではない。イマジナリーフレンドは個人差も大きい。あくまでも傾向からの推察となる。美少女やイケメンのイマジナリーフレンドを持続させることができた子は、普通の人よりも落ち着いた性認識が養われて行くだろう。少なくとも⋯スカートめくりをするバカ男子や、他人の恋愛を茶化すアホ女子みたいにはならんだろう。それらも性に対する葛藤な。ちなみに、私の同級生でスカートめくりに勤しんでいたヤツは⋯中学になると他の男子生徒に男根の大きさを聞いて回っていたな。たぶん、小さいのに悩んでいたと思う。

邂逅型や発生型の場合はどうなるのか?

男子トイレでは、用足しをしていると⋯便器の中を除き込んで、大きさを確認して来るアホが何人かいただろ?女子トイレの秘密なんてネタ、ネット系ニュース等でたまに目にするが⋯そんなものは本当に可愛らしい。男子トイレの世界はアホそのもの。まぁ、自分も大概だったか⋯林間学校でわざと起たせて、同室の男子児童同士で、大きさを競い合ったバカな思い出が懐かしい。そんな与太話はともかく⋯次に、邂逅型や発生型について、フロイト心理学の観点から考察してみたい。イマジナリーフレンドと同様、ある日突然、認知した存在となる。邂逅型は言わば人工的、後天的に発現させるイマジナリーフレンドに近いかもしれない。発生型も遅延性のイマジナリーフレンドである可能性が高い。小学校高学年以降に始めて自然発現するケースもあるのだ。

邂逅型や発生型は性欲のエネルギーを消費している

邂逅型はダイブの技を併用する必要がある。これまでの人生で築き上げて来た意識世界の中から、存在を発掘しようと言う行為になる。発生型はそれを無意識に実現したものになるだろう。まだ研究途上にあり確信をもっている話ではないが、発生型は⋯例えば、睡眠不足や脳の疲労蓄積に起因した、瞬間的な幻覚をトリガーにしたもの。あるいは、アハ体験的な心理現象などによるものと考えている。いずれにしても、これらの型の発現は、小学校高学年から思春期の間にかけて目立つ。ちょうど、潜伏期から思春期⋯フロイト心理学では性器的性格の形成期と重なる。強い性衝動が起きやすく、性で大いに悩む時期だ。窓越しから校庭にいる片思いの子に意識が取られがちとなるだろう。邂逅型や発生型は、性衝動の一部をエネルギー源にしているものと考える。

型別に見た性欲のコントロール法

創造型は作り手となる本人が、フロイトの提唱する子供の発達段階理論を追体験する形のものとなる。自動化や視覚化の訓練は、潜在的な性欲のコントロールとなる。仮に現実の幼少期が不遇な家庭環境、人間関係であったとしても、性認識の再矯正が望める。本当に幸福な人生を手に入れることができるだろう。可能性が低いと思うが⋯イマジナリーフレンドは潜伏期の性欲を肩代わりさせることで消失を防止させる。一方、邂逅型や発生型は⋯思春期における余剰な性欲を、上手い具合に発散させる形でのものとなる。でなけりゃ美少女やイケメンの姿をしたものは現れて来ないだろう。基本的にイマジナリーフレンドと同じで、ある日突然認知するものとなるが⋯イマジナリーフレンドの場合と違い、恋愛感情に囚われやすく、邂逅型はセックスすら積極的に実践される。

現実での初体験を迎えて

思念体との関係性で大きな節目となるイベントが⋯現実で恋人ができた時だ。なんだかんだ、人は現実で恋をしてセックスをする。タルパ界隈の人口が20代中盤あたりから急激に減少して行くのは⋯現実でセックスできるようなったからと見ている。性欲が完全に解消できるようになるので、創造型は消すように忘れて行く。しかし、イマジナリーフレンドは消えないだろう。邂逅型や発生型は人によると思う。ここら辺はまだまだ研究を進めて行く必要がありそうだ。30歳を過ぎても思念体を実践している人は⋯魔術師や占い師、心理学や催眠術などに精通しているプロか、何か訳ありな人のどちらかだろう。三十路メンヘラは後者に属するが、もちろん、訳ありな人のすべてがそうだとは言わない。タルパは何歳から挑戦しても構わない。ただ、そういう傾向があると言う話だ。