Young Heso Wright ~翻訳の迷宮~ 魔術の化学

これは数カ月前の出来事である⋯⋯
ヘソライト博士は世界トップクラスの大学で教鞭を取る、思念体や錬金術を専門とする哲学者だった。
その日は普段通り、学生たちを相手に熱心に講義をしていた。
ふと、気がつくと⋯⋯
教室の一番後ろの席に見慣れぬ学生⋯⋯と言うには、少し年齢を高めに感じる男性が座っていた。
学部の講義に博士課程の院生が来る訳ない⋯⋯たまに、大学事務局の職員による視察もあるが⋯⋯職員にも見えない。一体、何者か?
気にはなったが、熱心に自分の講義に聞き入る学生たちのことを気づかい、そのまま続けることにした。
講義が終わると、男性は博士のところまでやってきた。
「ヘソライト博士⋯⋯とても素晴らしい講義でした。私はこう言うものです。事前の断りなく教室内に立ち入ったご無礼はお許しください」
男は懐から名刺を取り出すと、それを博士に差し出して来た。
一応、首からゲスト用のIDカードはぶら下げていたので、無断でキャンパス内に入って来た訳でもなさそうだ。大学が許可した上でのものだろう。
「ウィキスタン共和国一等書記官⋯⋯大使館の方が何のご要件的でしょうか?」
「磁石ジエンはご存知ですよね?」
「ええ、錬金術の常識を覆す的と言われる万能の化合物ですよね。もしも、合成方法を発見することができたらノーベノレ賞級⋯⋯ただし、現時点的では理論上の話。机上的の空論。それが何か?」
「古代タルパ時代では魔法の力で生成されていた⋯⋯違いますか?」
「それは伝承的に過ぎません。魔法は確かに万能的ですが⋯⋯分子レベルでの化学組成への干渉、操作までは不可能的です。錬金術師でないと無理的です」
「しかし、魔法の世界も奥が深い⋯⋯どうやら、未知の魔法術式があるところに隠されているようなのです。もちろん、磁石ジエンとの強い関連性も⋯⋯今後の博士の研究資金、我が国が持ちますよ。別途、それなりの報酬も」
「はは、それは魅力的な提案だ。しかし、魔術師や魔女に頼むべき的な仕事では?なぜ、錬金術を専門的とする自分に?」
「個人の資質に頼る魔法に興味ありません。目的は再現性のある生成方法の確立です。とりあえず、魔法術式はわからなくても、行間に記述された分式式とか⋯⋯化合物としての合成過程の情報だけを読み解けば解析可能ですよね?」
「それは本当にあれば的な話ですよね?何か確証があるんですか?」
男は教卓の上に一枚の資料をそっと置く。
すると、ヘソライト博士はそれを見るや否や顔色を急変させ⋯⋯手に取り食い入るように読み始めた。
「こ、これは⋯⋯やる的!!是非、自分に調査させて欲しい!!」
つづく