Young Heso Wright ~翻訳の迷宮~ 究極の錬金術

投稿日 2025.09.02 更新日 2025.09.03

 若き天才哲学者、ヘソライト博士⋯⋯

 二十代後半にして准教授の地位にあり、日夜、思念体と錬金術の研究に励んでいた。自然哲学のみならず数学にも秀でた才能があった。目下の研究課題はタルパ現象論、タルパ機械論をはじめとする思念体理論の体系化である。

 その一方で、これと並行するようにある調査、研究も続けていた。磁石ジエンと呼ばれる夢のような万能の化合物である。

 磁石ジエンとは⋯⋯

 磁石ジエン酸を特徴づける官能基であり、人間の思考や感情に反応する特性があるものと考えられていた。あらゆる物質と反応、結合させることもできるので、それを材料に様々なものが錬成できるだろうと見込まれた。

 魔術や魔法の力に頼らなくとも⋯⋯

 普通の人が思ったり考えただけで、様々なものを合成、具現化できるようになるのだ。まさに錬金術の究極体形と言える。

 ただし、現状においては理論上の産物に過ぎない。また、錬金術は等価交換と言う絶対不変の原則がある。磁石ジエン酸だけではどうにもならないし、それ自体を安定的に維持するのは難しいと思われていた。

 しかし、実現できれば⋯⋯

 ヘソライト博士は磁石ジエン酸ニコリウムの合成方法を考えていた。ガラスや特定の金属だけ反応せず、安定的に保管、運搬ができる磁石ジエン酸だ。もちろんであるが、これも机上の空論に過ぎない。

 ヘソライト博士は自分の研究室へ戻ると、講義室で男から渡された資料を改めて査読し続けた。

「自分が考えていた的ものと似ている⋯⋯」

 ウィキスタン共和国の隣国であるヲティスタン共和国の一部地域で⋯⋯古代タルパ時代の民間療法、タッパーヴェーダに基づく調剤で作り出された謎の妙薬で、ホムンクルスを錬成する儀式が流行っているらしいとのことだった。

 タッパーヴェーダはこの世に一冊しかないとされる⋯⋯

 聖典のようなものを原点とする。

 タッパーヴェーダは現在まで薬剤師や祈祷師の間による口述伝承で受け継がれているものだが、原典はヲティスタン共和国内にある⋯⋯ヘソス宮殿と呼ばれる古代タルパ時代の遺跡の地下奥深くに封印されていると伝えられている。

 ブリュリューズ伯爵と呼ばれるヲティスタン共和国在住の貴族にして功名な薬剤師が、タッパーヴェーダ研究の第一人者として知られていた。

「ブリュリューズ伯爵⋯⋯まずは彼に会ってみる必要がありそうだな」

 ウィキスタン共和国側から提示された条件は本当に魅力的だった。磁石ジエンのみならず、思念体研究のための費用も全額出してもらえるのだ。ただ、報酬はどうでも良かった。ヘソライト博士は真理の探究のみしか関心がなかった。

 大学の給料も決して悪くなかったが⋯⋯

 同僚の教職員たちが高級車を乗り回しているのを他所に、ヘソライト博士は軽自動車を愛用、苦学生のようなライフスタイルを好んでいた。

つづく