Young Heso Wright ~翻訳の迷宮~ エアセックス

同じ頃、別の研究室で磁石ジエンに思いを馳せる者がいた。
若き天才工学者、トゥコ・サマン博士である。
ヘソライト博士の同僚であり、同じ准教授職にあった。専門は航空宇宙工学であり、これまでにない画期的な飛行方法について模索していた。
それは従来の空気流動による揚力獲得ではなく⋯⋯
機体表面を流れる空気そのものを支えにしてしまう方法だ。これなら翼は不要となり、従来の航空力学を覆すものとなる。磁石ジエンで空気を液体とも個体とも違うもの変えてしまうのだ。
機体は空気があるだけで滞空できるようになるし、機体全体を包む空気に押し出されるよう行きたい方向へ進むこともできる⋯⋯
「これで天空の城ラピュタも作れるな」
そんな妄想に耽るサマン博士⋯⋯
以前からヘソライト博士にこのアイデアを持ちかけていたが、当のヘソライト博士はこれに関心を示しつつも一蹴し続けていた。しかし、二人は仲が悪い訳でもなかった。専門分野は違えど、妙に馬が合うそんな間柄だった。
その時である⋯⋯
研究室内の電話が鳴り響き、サマン博士は白昼夢から目覚めた。電話に出ると声の主はヘソライト博士だった。
「ヘソ博士、急にどうしました?」
《サマン博士が以前から話していた的な件ですが、空気を様々な形状にすることが可能なんですよね?もしかして、人間的や動物的なものも可能ですか?》
突然の思わぬ問いかけであったにも関わらず、サマン博士は一切動じることはなかった。そして、質問の意図をすぐに見抜いた。
「ホムンクルスが作れるかどうかはわかりませんが⋯⋯人や動物などの生き物に限らず、あらゆる物体を模した形にすることはできます。もちろん、これは私のただの空想、理論上の話ですけどね」
《なるほど⋯⋯触感はどうなりますか?》
「エアセックスが実際のセックスと同等になりますよ」
エスプリを効かせた大人な回答をするサマン博士⋯⋯機械工学系は男子学生の比率が圧倒しているため下ネタには寛容だった。
《化学、薬学系は女子学生が多いので⋯⋯私、殺されますね。ははは》
もちろん、ヘソライト博士の意図はタルパ錬成への可能性だ。ただ、ここまでの話だと透明人間の作り方に終わってしまう。いや、意思を持っていないから透明人形だ。何らかの方法で自動化や視覚化できるようにならないか?
こうして⋯⋯
ヘソライト博士の新しい模索が始まる。
思念体理論の体系化は悲願である。これと並行するように地道に続けて来た磁石ジエン研究との融合で⋯⋯タルパが作り出せるかもしれないのだ。
つづく