Young Heso Wright ~翻訳の迷宮~ 提唱者

投稿日 2025.09.04 更新日 2025.09.04

 これは今から200年くらい前の話である⋯⋯

 一人の天才化学者、錬金術師の男がいた。本業は薬局の店主であったが、仕事の合間を縫って、錬金術やホムンクルスの研究をしていたのだ。

 彼の名はクローリン卿⋯⋯

 磁石ジエンの発見と同定、生成に成功したのはヘソライト博士であるが、提唱者と基本的な理論を完成させたのはクローリンである。人間の思考や感情に反応する物質を模索することに初めて試みた人物だ。

 その名前から察する通り貴族であるが、堅苦しい貴族社会を嫌悪して、庶民と変わらぬ自由な生活をしていた。

 彼の精力剤は人気で飛ぶように売れていたため、錬金術の研究資金に困ることなく、楽しみながら続けることはできたようだ。

 クローリンの精力剤は⋯⋯

 一本飲めば、どんな男も朝まで絶倫状態を維持できた。

 彼の薬局は時の国王も耳にするところで、お忍びで精力剤を買いにやって来ていたほどだった。

「国王陛下が何も御足労されなくても⋯⋯私が城へ献上に伺います」

「いや、それはちょっと恥ずかしいのでやめて欲しい」

 まぁ、人間の隠れた営みに関することは⋯⋯

 どのような立場の人であろうと平等だった。例え国王と言えども性欲を漲らせた男の一人に過ぎない。

 そんな感じでクローリンと国王は打ち解けた仲だった。

 彼自身もそれで子宝に恵まれ、そのうちの一人の子孫が⋯⋯いや、この話は別の機会にするとしましょう。

 今は磁石ジエンの話です。 

 磁石ジエンの研究を始めた動機は国王の何気ない一言からだった。

 人のウソに反応する薬があれば⋯⋯

 とりあえず、ウソ発見薬の開発に尽力し成功するが⋯⋯その過程で人間の思考や感情に反応するだけでなく、作用させることにより物を錬成、具現化できるのではないか?そう考えるようになったのだ。

 ただし、錬金術は等価交換が原則である。

 これは何かを得るために何かを犠牲にする必要があるかのように解釈されることが多いが⋯⋯ただの質量保存則である。無から何かを生み出すことはできないと言うだけの話に過ぎない。

 つまり、何らかの物を錬成、具現化したい場合、材料自体は必要であり、材料に何らか人間の思考や感情に反応する媒介的な要素を加味することで、思ったり考えただけで自由自在に物を合成できる⋯⋯そう言う理屈だ。

 クローリンはその媒介的な要素を磁石ジエンと命名した。しかし、晩年まで研究を続けるも、発見に至ることなく生涯を終えた。

つづく