Young Heso Wright ~翻訳の迷宮~ 未来への希望

格納庫のような広い屋内で⋯⋯
巨大な装置を見上げる男がいた。グアンティナ博士である。
ここはガトー富士の山麓にあるウィルクス大学の実験施設である。この巨大な装置は⋯⋯理論上、その存在が確実視されている磁石ジエンの生成実験を行うための試作機であった。
グアンティナ博士は一般化学、錬金術の側面からではなく⋯⋯物理化学、核物理学の側面から磁石ジエンの研究を試みていた。
来年にも⋯⋯
グアンティナ博士が務める大学で、心理学と理工学を融合させた学問、科学の観点から思念体が学べる心理工学部も新設予定で、グアンティナ博士自身も思念体やダイブを専門とする教授に抜擢される予定だった。
それに先立ち、学会をはじめ世間からの注目、期待を集めそうな目玉となる研究を推進しておきたい意欲に駆られていた。
実験の成果の程であるが⋯
磁石ジエンらしきものが0.1秒ほど生成されているのを確認するに留まる。
「ヘソライト博士も今頃⋯⋯」
グアンティナ博士とヘソライト博士の間に、固い絆で結ばれた友情が芽生えつつもあったが⋯⋯同時に良きライバルとして、互いに研究を競い合う仲としても変わりつつあった。
この世界、トトバースは⋯⋯
太古から魔法や魔術、錬金術や超能力がある不思議な世界であった。
それは時に大衆を操るための為政者の道具に利用されることもあれば、人々の暮らしを豊かにしてくれる恩恵も与えてくれるものだった。
そのように、時の権力者の気まぐれ、不安定な時代背景に大きく左右され、個人の資質や運任せな要素も強かったため⋯⋯
近代になり、科学的な再現性と政治的な中庸性の確立は急務と捉えられ、それら異形の御業は学問として体系化して行く。
その中で思念体⋯⋯
タルパも研究対象とされ、錬金術をベースに自律的な意思を持った存在、ホムンクルスのようなものも研究されていた。
ヘソライト博士はホムンクルスの気体化に成功しており、エア友達の段階まで実現していた。しかし、完全なる非物質化⋯⋯すなわち、幽体化まで至らず、タルパの実現は今一歩のところであった。
グアンティナ博士は屋内に出ると⋯⋯
夕焼けに染まるガトー富士を眺め、未来のこの世界に思いを馳せた。あと、もう少しで⋯⋯磁石ジエンの存在性を確定させることができるのだ。
思ったり考えたことを物質に作用させることで、その物質を材料に様々な物を合成したり、形成させることができるようになる⋯⋯これが実現されれば、トトバースは産業革命以来の大変革を迎えるだろう。
つづく