Young Heso Wright ~翻訳の迷宮~ 最重要人物

投稿日 2025.09.16 更新日 2025.09.16

 ブリュリューズ伯爵⋯⋯

 反政府組織「砂の騎士団」の最高指導者である。

 ヲティスタン共和国は国土全体が乾燥地帯にあり、年間を通じてハブーブと呼ばれる砂嵐が起きていた。

 組織の名はそれに由来し、逃れ得ぬ宿命の意味合いも込められていた。

 首都ヤマダハルでの潜伏生活は⋯⋯表向き、高級カジノホテルの総支配人、ルナモンド・ルイモンドの名で通していた。

 ブリュリューズ家は⋯⋯

 古代タルパ時代の貴族を出自とする由緒ある家柄であり、代々、功名な薬剤師や化学者を排出し続け、王室に仕えて来たとされる。伯爵自身も薬剤師の資格を持ち、博士号まで取得している。

 家紋はまるで数百年もの未来を予見したかのような⋯⋯

 二つのカプセル錠を斜め十字にクロスさせた意味深なものとなっている。

 伯爵は反政府組織とカジノホテルの運営の傍ら、薬剤調合の研究にも勤しんでいた。そして、美少女タルパを幻視することのできる薬⋯⋯ルナポンの開発に成功する。もちろん、女性が服用すればイケメン男性の登場となる。

 性的高揚感が極限まで高められ、まるでセックスしたかのようなリアルな至福感に包まれると言うものだった。

 ただし、性交時のイメージに接触感のようなものはなかった⋯⋯

 また、タルパと言っても脳裏で内在化されたイマジナリーフレンドに近く、現実空間を背景にした視覚化や触覚化まではなされていなかった。

 まぁ、これが後に⋯⋯

 ヘソライト博士が開発した磁石ジエン酸と反応させたもので、現実のものと変わらないレベルのセックスが体感できるようになるのだ。

 ブリュリューズ伯爵との接触は容易でない。

 中立国を介する形で⋯⋯幾人ものエージェントを通じて、ようやく、本人と連絡を取ることができたのだ。当のヲティスタン政府も⋯⋯まさか、自分たちの膝元に彼が潜伏していることは知る由もなかった。

 しかし、ヘソライト博士は伯爵との面会でこう疑問に思った⋯⋯

「自分のような一介の学者的に居場所を知られても大丈夫なのですか?」

 博士は内心、口封じのようなものを心配した。

 そんな博士の不安気な表情も察してか⋯⋯伯爵は軽い笑みを浮かべながらこう答え、博士に安心感を与えた。

「ヘソス宮殿までの案内がてら、あなたと一緒にア・オバ・クーへ移動しますから大丈夫です。もう、ここに戻ってくるつもりはありません。そろそろ、政府側にも感づかれる頃合いだと警戒しておりました」

 今後はルナモンド・ルイモンドの名を捨て⋯⋯ヲティスタン共和国の南部にある商都ア・オバ・クーで組織の指揮を執るとの話だった。

つづく