Young Heso Wright ~翻訳の迷宮~ 亡国の果樹園

ヲティスタン共和国北部の山間で⋯⋯
とある王族の一家が静かに暮らしていた。
小さなリンゴ園の所領のみ認められ、政府の監視下による幽閉生活を余儀なくされていた。
一家の名はハワード家⋯⋯
タルパ王国三大名門貴族でヲティスタン王国を支配する王族であった。
しかし、数年前に民主化革命が勃発⋯
ハワード家は首都ヤマダハルから遠く離れた田舎へ移住させられ、リンゴ農家として生計を立てながら、細々とした生活をしていた。
現ハワード家の第一子長女にして、女王として次期国家元首になるはずだったヒルダ姫は⋯⋯
いつも、おやつ替わりに農園のリンゴをつまみ食いしていた。
今日もバリボリとリンゴを齧る。
なんとなくではあるが⋯⋯
物心がつくあたりまで、絢爛豪華な大宮殿の中で暮らしていた記憶はかすかに残されていた。しかし、一発の銃声がそれを変える。
すべては夢だった⋯⋯
自分はおとぎの国でお姫さまになってお城の中で暮らしていた⋯⋯
きっと、そんな長い夢でも見ていたのだろう。最近は自分にそう言い聞かせていた。そこへ狐面を被ったゴルゴ13風の男がやって来た。
「お嬢ちゃん、ハワード王⋯⋯いや、お父さん。今、どこにいるかな?」
「父上ならあの納屋の中にいるよ」
ヒルダは100m先に建てられていた納屋の方を指差す。
「そうか。ありがとう」
「おっちゃん、誰?何しに来たん?」
「おっちゃんはお父さんの古い友達だよ。今日は仕事の話をしに来たんだよ」
「ふーん」
「それにしても、お嬢ちゃん⋯⋯また随分と丈夫そうな歯茎してるね。毎日、リンゴを食べているのかな?」
「うん、これしか食べるものないから」
狐面の男は「これしか」と言う幼気な子供の言葉に⋯⋯
仮面の下でなんか泣きそうなくらい悲しい表情を浮かべた。ヒルダはそんな気配を感じ取ることなくニコニコ顔で男を見上げていた。
浮き草氏はポケットからキャラメルの箱を取り出すとヒルダに手渡した。
つづく