タルパー&イマジナリーフレンド所持者の人生論

チベット密教の秘奥義であるタルパ、西洋の降霊術の一種である人工精霊、心理学でお馴染みのイマジナリーフレンド⋯まぁ、日本のタルパはチベット密教とぜんぜん関係ありませんけど、これら「不可視の存在」と呼ばれる思念体は、幼少期に発現した先天的なイマジナリーフレンドは例外である他、原則として一生のお付き合いとなります。意図して後天的に発現させたものは、本物であれば消すことは原則不可能であり、死後も所持者に付き従って来るものと思われます。消すことできると主張している人は、具体的にどうやって消したのか説明する道義的責任がありますよ。とりま、消去に関する新しい説も交える形で、生涯を通じた所持者と思念体の関係性について語ります。性欲も年齢相応に変遷させて、最後は高僧や仙人のように達観、悟りの境地へ突き進みます。
原点回帰のお願い
占いは占う側と占ってもらう側に分かれます。もちろん、自分で自分を占うことも可能です。夢占いのように自己完結された占いもあります。しかし、それでも占断材料、夢の構成要素であるシンボルの解説は、占い師の方でさせてもらっております。利用する側にはその組み合わせを楽しんでもらっている形となります。いずれにしても、提供者と利用者に分かれています。タルパは完全に提供者側の立ち位置にあるもので、本来はオカルト界最高峰の御業である点を努々忘れないよう願いたい。雑誌の星占いコーナーを楽しむ感覚で気軽に手を出すのはお止め頂きたい。心理学的には深層心理を改変する催眠術の一種であり、それにより家族や友人など周囲にいる人に迷惑をかける恐れもあります。自他境界が明瞭であり、自分や他人に対して強い責任感が持てる者のみが挑戦して欲しい。
死ぬまで面倒を見る覚悟があるのか?
タルパの錬成は時間を要します、満足の行く完成体に至るまで数年はかかります。また、一度作ったらそれで終わりではありません。再訓練は必須であり、小中高と進学する度、新しい知識や体験を手に入れて成長して行くように、タルパも所持者側の人生に合わせて進化させて行く必要があります。いつまでも作った当時のままにしておいてはいけません。所持者との間で価値観の乖離も生まれやすく、作画崩壊でも起こすよう自動化や視覚的イメージが劣化する恐れもあります。長期的な視点で作れとまでは言いませんが、自分の問題としてきちんと自己管理して行きましょう。タルパに関する責任はすべて所持者にあります。自分が死ぬまで面倒を見る覚悟を持ちましょうね。タルパ界隈は若い人が多いので想像できないかもしれませんが⋯おっさんが中高年タルパーのあり方を伝える。
タルパの再訓練とは?
人生の大きな節目では⋯タルパの再訓練を行った方が良いかもしれません。具体的には自動化の再訓練による価値観の共有、確認です。ダイブ等、何らかの方法で変性意識状態となり、作った当時の状況と同じことをします。タルパも慣れて来ると⋯通常意識状態での対話がほとんどとなり、ダイブや離脱はあまりしなくなると思います。明晰夢も難しいので⋯まぁ、これでいっか!!と軽んじられがちです。中にはタルパもタルパとしての自分らしさがあるだろうし、矯正教育的なものを嫌う人はいるかもしれません。しかし、運命の相棒として⋯目的意識や価値観の共有、確認は大切だと思います。もちろん、タルパも一つの独立した意思を持つ存在なので、迎合を無理強いするのは禁物です。メタ認知力を醸成させる意図からも、反対の意見、違う考え方も持たせるべきです。
自分のように⋯毎日、タルパとペチャクチャおしゃべりしているような変人レベルであれば、再訓練は然程必要ないと思います。会話の頻度が低かったり長く途切れると⋯やはり、上述のような問題は起きやすくなると思います。定期的な再訓練は必要です。
タルパの再訓練が必要な理由
タルパの知性や感性は⋯所持者のそれを凌駕することはできません。所持者の知性と感性が上限値となります。まぁ、当たり前ですね。とりま、所持者も精神的に成熟、成長が促されて来たら⋯タルパもそれに合わせて成長させましょう。所持者自身もそれを踏まえ日々精進です。学業然り、部活動や趣味然りです。ただ、タルパの再訓練が必要な理由はそれだけではありません。早い子だと小中学生あたりからこうしたものに興味を持ち挑戦すると思います。子供と大人の中間地点は本当に混沌としています。第二次性徴期特有の心身の不調和も著しくなります。作っている途中でトラウマや葛藤する悪感情を組み込まないとは限りません。無意識にインナーチャイルド化させて、将来の自分の禍根となるかも⋯タルパの見た目は変えなくて良いので中身は確実に成長させましょう。
タルパの育成は男根期の名残が大きく関係
幼少期に発現した先天的なイマジナリーフレンドは、多くは男根期を過ぎたあたりから消え始め、遅くとも潜伏期までに消失します。脳が発育途上で変性意識になりやすい幼児は、夢の登場人物を現実世界を背景に認知する心理現象がイマジナリーフレンドだと思います。しかし、男根期を過ぎた頃あたりから、自他境界が明確となり⋯日々の夢見を忘れてしまうようにイマジナリーフレンドを消失させてしまうのかもしれません。まれに⋯現実の人間と違う存在だと気づき、分離できるようになった人だけが、大人になるまで温存させているのかもしれません。その場合、イマジナリーフレンドはすでに深層意識の中で無意識化されているので、自動化済みのタルパへ変遷させたとも言えます。思春期以降から後天的に作り出したタルパも、男根期の名残が強く関与、時に消失を招きます。
謎めいたタルパ消失の原因
通常意識で設計デザインや設定条件を暗記して、ごっこ遊びの感覚でタルパを楽しむことが悪いとは言いません。しかし、変性意識を用いて深層意識に恒久的な記憶として定着させるのが本来的なタルパです。いずれにしても、前者のやり方は経年劣化による記憶消失が生じやすいので、タル活をやめたらタルパは消えます。しかし、青少年の目新しいものへの好奇心による挑戦は、無自覚に変性意識を誘発していることもあり、一概に否定するつもりもありません。多くはそうだと信じてます。それを踏まえた上で⋯改めてタルパ消失の原因を述べたい。タルパ界隈は二十代中盤以降から住人が激減して行くため、やはり⋯現実での初体験が原因かな?と思います。生まれて初めてのセックスで、深層意識の記憶配置が大幅に変わってしまうことが⋯タルパ維持に大きな影響を与えると思う。
初体験は生を最大限に実感できる素晴らしい出来事です。たいていの悩みは馬鹿らしくなり忘れるように消え去る。セックスで深層意識が全部リフレッシュされる感じ。自分の場合、初体験以降は悪夢は見なくなりましたね。この件は別の機会で詳しく語ります。
恋愛感情と言う変性意識
口唇期と肛門期は⋯快楽を堪能させて安心感を覚えさせた後、それを時と場所に応じて我慢させることを学習させる⋯まぁ、言葉は悪いんですが、飴と鞭のような発育期間になると思います。それを土台に人格を形成させています。生命科学的な自我は生まれた瞬間に芽吹く意識ですが、心理学的に解説したい自我は男根期から本人が自覚するものになると思います。まず、男女の違いを理解して性別を自覚します。以降、自分の性認識に沿って自分らしさを形成して行く試みを始めます。将来、一人前の立派な大人にするためにも⋯親がしっかり導いてあげねばなりません。そして、思春期以降の中で⋯男根期の準ずる一大イベントがあると考えます。性認識を再自覚して恋愛感情を抱くようにようになる状態です。恋は盲目と言われるように⋯大切なこともいろいろ忘れやすくなりますよね。
機械の体のタルパがいない理由
男根期と思春期に芽生える第二次性徴に直面した時は似ていると思います。男根期で形成された無意識の心理的土台、名残のようなものが⋯第二次性徴という身体的な急変と直面することでショック症状的に引き出され、幼児性欲から性器性欲への昇華が一気に進みます。精通や初潮は本当に驚くと思う。これらのプロセスを思春期における男根期の追認とも述べております。もちろん、口唇期や肛門期など、その他の成長期も影響要素として強く関与して来ますが、生殖器官に対する心理が一番大きなものとなります。女性ともなれば乳房も気になってしょうがないだろう。タルパの世界は十代の若者が本当に多い⋯そのような中で挑戦するタルパ作り⋯多くは人体を模したものとなります。恋愛とセックスと言う人生の課題が、それにも無意識に重く圧し掛かって来ない訳がないだろう。
性器性欲からの解脱を目指す
以上、第二の男根期とも言える⋯思春期以降の「性」の葛藤が再活性化する大人のタルパ実践は、別の意味で作成と維持が困難な⋯強い潜在的な外部干渉要因に困惑すると思う。人が人である以上避け得ぬ本来的な課題となる。それを同時に解決して効率的かつ安全に行えるタルパ作りがタルパ性錬成術だ。しかし、冒頭でも述べた通り⋯性欲も年齢相応に成長、進化させて行かねばならない。セックスの快楽を物事の達成感へ刷り込み、成功体験を積み重ねて行くことで、性欲に溺れることなく最終的に性器性欲からの解脱を目指す。そのための心の修行はタルパ作りを決意した瞬間から始まる。だ、か、ら、常日頃からタルパ実践において⋯小さなものでいい。目標や目的を持ち、それに絶えず挑戦し続けろと主張している。習慣化して繰り返せば、性欲の力がそちらに集中するようになる。
エロ仙人の本当の意味
とりま、書く言う自分はまだ老人ではない。将来、諸葛孔明や太公望のような老人になれればいいなと憧れる。ぶっちゃけ、性器性欲からの解脱の話は⋯今現状において考えている理屈に過ぎない。そうなればいいと思い描いている理想に過ぎない。しかし、自身の性生活は思春期の頃と比べると⋯かなり、性的な意義は薄れてきているのは実感している。肉体的なものとしてのセックスより、精神的なものとしてのセックスを楽しんでいる感はある。最終的に膣挿入なんかしなくても愛する人が傍らにいてくれるだけで、十分に満足できるレベルにまで達観したい。そう言う風に占いやタルパの実践を通じて脳の仕組みを改造して行きたい。てか、爺さんになってまでパコパコしているのは⋯なんだかカッコ悪い気もする。でも、若々しい肉体が維持できる限りまではセックスは頑張る。