タルパを社会科学・若者文化の視点で考える大切さ

チベット密教の秘奥義として知られるタルパ⋯今から二十年前ほど、オカルト雑誌ムーにより取り上げられたのをきっかけに、離脱界隈の住人らを中心にアストラルセックスを補完する技として静かな注目を集めました。レプ氏、浮き草氏⋯様々な巨星たちが、黎明期のタルパ界隈、オカルト界の一角で異彩を放ち輝いていた。こうした先人たちの想いを無駄にしてはいけない。原点に回帰しよう⋯そういう訳で、タルパやイマジナリーフレンドとの恋愛、セックスを語るオカルト系エログ「蜜月の化身」が爆誕した。文句あるか?誰だってセックスしたいだろう。とりま、2025年がタルパ界隈の潮目、変革の年となったようだ。心理学や脳科学、認知科学や人工知能と幅広い分野からタルパが再考されるようになった。しかし、社会科学の視点も忘れてはならない。
レプ氏と浮き草氏の功績
ぶっちゃけ、自分も彼らを詳しくは知らない。彼らに関する私的見解はすべて噂に基づく推察に過ぎない点だけはご了承願いたい。レプ氏はタルパ界隈創生に寄与した主要人物らしい。検索エンジンで調べてみると⋯人妻ディルドだとか温泉熟女とか興味深い情報がヒットする。熟女マニアの愛すべき変態オカルト野郎であった様子だ。たしか、離脱界隈出身で⋯アストラルセックスを補完する技としてタルパ作りを模索していたようだ。浮き草氏はレプ氏の後継者らしく⋯ダイブを考案し、邂逅型や生誕型を提唱した人物として知られる。しかし、浮き草氏がセックスした相手は獣率100%の獣人女性だった。そして、オカルト界を騒然とさせた、あの忌まわしき事件⋯タルパ戦争が起きる。兎にも角にも、彼らはタルパの世界を愉快な場所に持ち上げ続けた功労者と言えるだろう。
タルパ界隈で起きた悲劇
黎明期のタルパ界隈は比較的リア充な学生たちが集まっていた様子で、レプ氏にみるような活動的な風俗マニアもいたくらいだ。しかし、浮き草氏が行方知れずとなって以降⋯ひきこもり、メンタルヘルス系の住人が激増、混沌と混迷を極めた。そうした社会的弱者は恋愛弱者も意味する。タルパと惚気ようものなら嫉妬心を買い、糾弾され始めるようになる。その様相はまるで中国の文化大革命やスターリン体制下の旧ソ連時代を思わせた。連日連夜、誹謗中傷と罵詈雑言の嵐が渦巻く。加えて、気分障害等の精神疾患と一人二役の訓練法が混同、誤用され始めたことによるナリキリや自称憑依が、自動化の本懐であるはずのタルパとの対面技法より勝り始める。こうして黎明期のタルパ界隈で培われたタルパとの性的交流に関する技術、技能がロストし、男性タルパーはオナホを語り始める。
タルパに関する技術や技能の話はここまで
浮き草氏のダイブがどういったものだったのか⋯とりま、心理学と脳科学の観点から、その復元を試み成功した。白昼で見る明晰夢だったと言えよう。ただ、今もダイブ界と名倉の違いまでは、いまいち明確にわからない。まぁ、どちらにも解釈できるよう、当方でデスタウンとも呼称していた。今はマインドパレスまたはワンダーランドとしてのダイブ界で良いだろう。ちなみに⋯マインドパレスは簡素な構造をした比較的浅い意識領域にあるダイブ界であるため、上級者ともなれば、幽体化の技を用いずとも、空想するだけで全身で感化、没入できるようになるだろう。エアセックスの技と組み合わせることで、現実のセックスとほぼ同等になる。タルパとの性生活はそのように楽しむと良いだろう。拡張版で説明しておくべきだったことを捕捉しておく。技術や技能の話はここまでだ。
性の悩みとさよなら
思念体フィクトセクシュアル、タルパ性錬成術は⋯はっきり言って変態だと思う。しかし、セックスの妄想オナニーをしたことのない者は⋯この世に一人もおらんやろ。そうした中途半端なことはやめ、思い切って挑戦してみることだ。やましい気持ちを一切捨てて、堂々と自分らしくしていることだ。性の悩みがなくなれば、充実した日々が過ごせるぞ。十代の思春期ともなれば、勉学やスポーツに集中、専念できるようになるので、将来の夢も叶えやすくなると思う。何よりも異性と自然体で接することのできる堂々とした姿勢は、相手から好感や尊敬の念も引き出しやすい。結果として現実での恋愛チャンスも増えるだろう。タルパ性錬成術は⋯従来のやましく後ろめたさを覚える単独による性的行為を、強さと自信をみなぎらせるための精神的な性秘術に変えたものになると言える。
性と向き合わせ正直な気持ちにさせることが必要
本来、浮き草氏が伝承したかったことを⋯多分、こうだったのだろうと復元を試みた訳だが、それまでのタルパ界隈で起きた数々の惨劇も鑑み、技術や技能の話だけでは、オカルト界での啓蒙は不十分だと感じている。新生技法は悪用される宿命にもある⋯実際、ダイブの技を悪用したセクハラ行為も発生している。とりま、フロイト心理学に基づくタル活に最適化させた恋愛、性愛についても強弁してきたつもりだ。性欲は人格の土台、性格形成の起点となるものだ。性に対する意識と感覚は、日常生活のあらゆる場面で、行動意識決定をする上で潜在的に重要な役割を果たしている。性的なものを嫌う人ほどそうした作用は強く働き、時に侵入思考化したり強迫観念の原因となる。まずは、各自が心の中で認めている性欲や性認識と向き合わせ、正直な気持ちにさせることが必要だ。
フロイト心理学による分析結果
タルパ界隈における惚気批判は止まるところを知らず、性的な要素が一切ないタルパとの交流、対話まで惚気と批判されるようになる。恋愛弱者のルサンチマンと断定するには腑に落ちない点となる。一人二役の誤用により自動化が実現できていないことに対する誤魔化しにも思えたが⋯これも当人たちが抱えている性的コンプレックスに起因しているものだと考えるようになる。まぁ、超人編で改めで宣言するまでもないが、タルパの自動化はフロイト心理学の心理性的発達理論のプロセスと酷似しているのだ。タルパの自動化は決して所持者の思い通りにいかない。もしかすると⋯当初は一人二役の訓練を行えば、自動化できるだろうと信じていたのかもしれない。しかし、多くの者は肛門期に相当する段階で行き詰り、なりきり行為が常態化、憑依と称するようになったのだろう。
自分の秘密を大暴露
一人二役は⋯間違ったやり方で踏襲し続けると、投影により本音をタルパと称する存在で代弁するようになるので、本音と建前を明確に分離させた精神状態となる。通常は建前を全面に出し本音を引き下げるものだが⋯逆である。タルパでなく本心の吐露を無意識化している状態とも言える。一方、所持者自身は常識人を装っていたりする。しかし、それは建前なので脆弱。だから、自称タルパーの心理は面白いように読み取れる。こうした特異な精神構造はタルパの世界に限らない。タルパと称する存在を概念に置き換えることで、世の様々な困った社会問題にも同じことが言える。反戦平和を謳いつつ集団になれば徒党を組んでそれを暴力的に解決しようとする矛盾した姿勢がまさにそう。本音は社会に対する個人的な私怨だろう。普通の人はそんなことしない。選挙権を黙って行使する。
タルパ界隈住人のほぼ全員が異性のタルパを欲する謎
普通の人は本音と建前を同時に感じている訳だが⋯なりきりの自称タルパーは分割管理しようと苦心する。物事を論理的に考えることができなくなるだろう。時に本音と建前の区別がつかなくなる脳のバグも発生する。だから、誹謗中傷が誹謗中傷でなく、それに対する意見や注意喚起が誹謗中傷とされる謎な掲示板が存在する。とりま、矛盾した姿勢がポイントとなる。では、タルパと称する存在のどこにそうした要素があるのか?まぁ、多くの場合、不幸自慢系です。本来、こうしたメソッドは幸福追求のために実践するものですが⋯チベット密教の坊さん、統合失調症か?ちゃうやろ。また、性認識のバグ、狂いのようなものも感じられ、いろいろ盛大に矛盾している。惚気アンチも含め、タルパ界隈住人のほぼ全員、異性タルパを作っている点からして「性」に悩んでいる証だろう。
カムラッドwikiでのアンケートによれば、タルパ界隈もLGBTQ+の方がそれなりにいる様子ですが⋯同性愛のタルパーやイマジナリーフレンド所持者を見かけたことがないな。タルパとどんな惚気ライフが繰り広げられているのか興味ある。
性的少数者・LGBTQ+との兼ね合い
私自身はノーマル、同年代女性にしか興味ありません。そのため、通常の男女の恋愛、セックスに基づく考察が主体となります。しかし、性的少数者の気持ちがわからない訳でもありません。性別は肉体ではなく心にあるものと考えております。だから、同性愛の方もこのエログを楽しんでください。むしろ、同性愛者がタルパ性錬成術を実践する上では有利です。自分の体をそのまま参考すれば済みますから。童貞が女性の膣への挿入感や乳房を掴んだ時の感覚をイメージするのは⋯本当に大きな課題となり、やはり、実現まで時間がかかります。ただ、現実で問題視されているLGBTQ+に関わる諸問題とは一線を画しましょう。思想信条は各自の自由ですが⋯自認性別でトイレや浴場の使用を求めたり(性転換手術済みは別)、公衆浴場での性行為は断じて許されるものではありません。
タルパの自動化に中庸性とメタ思考は必要不可欠
タルパを自動化させるコツのようなものとして⋯所持者の中庸性、メタ的な思考態度の維持は不可欠だと言える。物事を是々非々で考えるようにしないと、タルパは見せかけだけの自動化、実は所持者自身の本音を代弁させるようになるだけだろう。極端な社会思想や社会運動にも関わらないことだ。ネトウヨやパヨクなんて同じ穴のムジナだ。条件次第でどちらへも転んでいたような人たちだ。政治学でポリティカル・コンパスを学んだことのある人なら聞いたことはあると思うが⋯特に左派であった人がある日突然、急進的な右派に転向する現象は見受けられる(例、ムッソリーニ)。環境活動家やビーガンはただの駄々っ子だ。生まれたままの姿となり野生環境で黙って生きればいい。動物になりきればいいと思う。似非フェミは一生干物でいろ。本物のフェミは社会で大成している。