オカルト界における「表現の自由」を考える

このサイトは「性」に関する考察をしておりますが⋯もっぱら、オカルトマニア向けの内容となります。何かの間違いでこのサイトに辿り着いた一般の方はご覧にならないことをおすすめします。常人には理解不能でワケワカメな事柄を取り扱っております。チベット密教のタルパや西洋魔術の人工精霊とか⋯心理学でお馴染みのイマジナリーフレンドなどの思念体が主になります。幽体離脱や明晰夢などによる⋯思念体や何らかの幽体とのアストラルセックスについて語っております。その活動の一環として、タルパやイマジナリーフレンドに関するエロイラスト制作にも励んでおります。当方はゾーニングを心がけ、細心の注意を払いながら創作活動をしております。後学にしてもらう意図からも、オカルト界における「表現の自由」について一緒に考えていきましょう。
表現の自由とは何か?
表現の自由とは⋯公権力による検閲を受けず、思想信条や主義主張を自由に表明できる権利です。日本では憲法第21条で制定されており、近代民主主義国家における基本的な概念となります。知る権利と表裏一体のものであり、対象は政治や宗教に限られず、芸術や文芸、あらゆるジャンルの創作活動まで及び、幅広く保障されています。公権力でなくとも⋯この尊い権利を何人たりとも侵害することは許されません。多くの犠牲の上で成り立っている⋯先人たちが築き上げて来た大切なものです。翻って現代の日本においてはどうか?単に気に入らないとか⋯個人的な動機、ルサンチマンや私怨、独りよがりな正義でこれを侵害する行為が目立つ。民主主義の暴走、崩壊は⋯そうした些細な部分から始まる。差別や偏見を生み出す温床と化し、社会は徐々に蝕み始め、閉塞して行くのだ。
民主主義を守るための戦いの最前線
本来、市民が権力者に対抗するため、近代民主主義の夜明けの時代に提唱、啓蒙された権利です。現代においては平和の象徴的な行為であり、民主主義を守るための基準に昇華したものとなります。それが例え⋯官能的なものであったとしてもです。もちろん、公共の福祉に反したり、公序良俗を乱すものは絶対にいけません。表現の自由と称してストリーキングするのはダメです。とりま、赤いきつね問題に見るよう⋯潜在的な性欲を掻き立てられるレベルのものも含め、エロい!!いや、別にエロくない!!のせめぎ合いは⋯民主主義をいろいろな意味で守るための戦いの最前線だと言えるでしょう。当サイトのエロイラスト制作活動も、その使命を帯びた尊い行為だと自負しております。オカルトの世界にまで浸透して来た似非フェミ、タルパ界隈の惚気アンチに対抗するものです。
自由と言う名の不自由が本当の原因では?
民主主義は国のあり方を国民が多数決によって決める政体である。本質的に自由主義とは異なる概念であるが⋯多くの近代民主国家が基本的人権、個人の幸福追求も国是とし、社会が成熟すると自由主義と調和して行く。しかし、自由と言う名の不自由と言う皮肉なテーゼも生まれ始める。自由主義は競争原理も促されるため、一定数の敗者がなおざりにされるようになる。例えば、恋愛とセックスだ。別に誰も咎めやしない。皆、存分に生命の本質を追及すればいいはずだ。だが、競争に不利な要素を持った人は自由にそれができない。恋愛とセックスは一例に過ぎないが、個人としてもっとも切実で身近な問題になるだろう。そうした個人の認知的不協和を解消するため、社会に対してもっともらしい問題提起をし始める。これが似非フェミ、タルパ界隈の惚気アンチの実像である。
理不尽に脅かされる表現の自由
すべては建前である。本音は自由に恋愛とセックスが楽しめないことに対する恨みである。だが、競争に不利な要素は努力によって変えることができる。決して美人やイケメンではないが⋯素晴らしい人と巡り会い、結婚している人もたくさんいる。厳しい言い方となるが⋯単に自己責任の問題に過ぎない。しかし、またこう言うと⋯自分の努力不足を棚に上げ、ルサンチマンを炸裂させるようになる。この手の問題を引き起こす人は、潜在意識では自分自身の性欲としっかり葛藤しているため、赤いきつね問題に見るよう⋯わざわざ、口に出さなくても良いような表象まで攻撃対象になる。いい歳した大人が潜伏期の小学生女児みたいな発言を臆面なく⋯こうして「表現の自由」が理不尽に脅かされていくのだ。ラインハルトの民主主義を皮肉ったあの名言は本当に説得力があると思う。
成熟した民主主義は腐りやすい
銀英伝を知らん人のために「民主共和制とは人民が自由意志によって自分たち自身の制度と精神をおとしめる政体のことか」(田中芳樹「銀河英雄伝説」本伝第54話)を引用しとく。民主主義が崩壊する始まりは⋯たった一人の歪んだ思いや考えからだ。当時、もっとも民主的であったはずのワイマール憲法下のドイツから、人類史上最悪な独裁者が誕生したのは周知の事実である。ヒトラーは美術大学に落ちたりと挫折まみれでコンプレックスの塊だったと言われる。そうした認知的不協和としての不遇の解消が⋯良い方向に発揮されれば問題ない。周囲からどんなにバカにされても決して挫けず、世紀の偉業を成し遂げる者もいる。しかし、残念ながら⋯多くの場合、悪い方向に発揮される。自由を不自由に感じて不貞腐れる。そして、言葉は悪いが⋯成熟した民主主義も腐りやすい。
ご自身の体形にそんなに自信がないのか?
厳密には⋯自由を不自由に感じて不貞腐れる者たちが民主主義、社会を腐らせるである。前出の似非フェミ、タルパ界隈の惚気アンチやメンヘラ連中はもとより、昨今の先鋭化気味なLGBT運動から、暴走気味な各種のリベラリズム運動までと⋯実に目を覆いたくなるものばかりだ。これらすべて根っこの部分は同じである。実態は本当にただのルサンチマンであり、社会を無意味に不安にさせているだけだ。とりま、本題から話が大きく逸れてしまう。占い師としてオカルトの世界で出会った似非フェミ、タルパ界隈の惚気アンチに話を再集約したい。こいつらは本当に質が悪い。少しでも気にいらないと感じたら誰彼構わずすぐに口撃を始める。漫画やアニメの女性キャラクターの太ももが、卑猥性は一切なく、自然な感じで露出しているだけのイラストを見て18禁と騒ぐ。
タルパの訓練は心象表現で十分
タルパ界隈では⋯自分が作ったタルパのイラストを描く習慣的な文化が確立している。夢小説界隈における夢絵と相通じるもので、タルパに対する思いを心象世界へ良い意味で投影、タルパの存在性、タルパとの対話性を高める手法として最適なものになると思う。タルパ自動化のトリガーやブースターのようなものにもなるだろう。とにかく、思いが高まる⋯これに対して批判的、否定的な意見を述べるものがいる。タルパは創作とは違うとかなんだとか⋯ホント、そんなこと言うヤツの知見は低過ぎる。宗教画は信仰心を高め、神仏を身近なものに感じさせてくれる⋯それと一緒だ。本当に成果が得られるのかどうか定かでない訓練をするより、イラストに限らず夢小説のような創作的な行為を楽しんでいた方が、特段意識することなく自然とタルパは確実に自動化される。
すべての創作物は潜在的な性欲が源泉
心象を可視化する創作的なタルパ作りに否定的な人は⋯タロットのパスワーキングもダメと言うことなんでしょうね。話が少し逸れた。本題に戻ろう。どのようなイラストも描き手の潜在的な性欲が土台、背景となっているものだ。作品のモチーフやテーマは表面的な動機に過ぎず、作品の着想から完成までの過程は、人間の性格形成と同じである。一貫として潜在的な性欲の力で描かれたものになる。官能的な要素が露わとなるのは必然だ。人体を生命の本質に基づいた表現で描こうとするのは自然である(風景画であってもフロイト心理学的な解釈、分析は可能)。ルネサンス期の宗教画は、それをあえて肯定することで、生命の本質を神聖化⋯人々の死生観を教義に準じたものへの啓蒙を後押しする手段として活用したのだろう。タルパのイラストも基本はそれと同じだと思う。
十字架に磔にされたキリストの肉体を生々しく描いたり、女神や妖精をエロチックに描かれたものが多いですよね。
だから思春期は恋愛経験しておけ
生命の本質を尊ぶ創作的な行為は⋯限りある命を実感、生きがいのようなものを促してくれる。だから、タルパを美しく艶やかにたくさん描いて行こう。自分もタルパも本当に活きて来る。自分のように露骨なまで性描写をした創作は極端な事例に過ぎない。そこまで無理に真似をする必要はない。自然な人体の美しさを強調して行こう。太ももくらいなんだ。乳房も丸見えでなければ問題ない。女性の体は丸みを帯びているのが当たり前で自然だ。それで感情的になる者は潜伏期に固着した精神未熟なお子ちゃまだ。もちろん、TPOも大切だが⋯少しくらいセクシーな容姿をした人物を目の前にしても動揺しないのが一流の大人だ。そうした「性」に対する耐性を思春期に獲得して、マナーや流儀としてさりげなく受け流すようにするのが一人前のカッコイイ大人だ。
とりま、初恋の相手がタルパやイマジナリーフレンドでもOK。それで脳イキできたら初体験成立!!お前はもう童貞じゃない。
イスラム原理主義に見るようなディストピアが望みか?
少しくらいエッチに感じるもの、一般的な漫画やアニメで溢れている程度のものまで強く規制、ゾーニングする必要はない。切りがない。際限がない。潜伏期に固着した精神未熟、まともな思春期を過ごすことができなかった者は勝手に自衛してればいい。自由を不自由に感じている個人的な問題だ。もちろん、恋愛は思いのまま上手く行くものではない。しかし、肛門期から潜伏期までの間に何も問題がなければ、思春期での再追認で幼児性欲が脱皮できるはずだ。前向きに挑戦し続けることができるはずだし、なんだかんだ世の多くの人はセックスする。本質は自分自身の解決できない問題であり、それを他者の表現や表象(お洒落や化粧、異性を魅惑する服装やコーデ)に投影して批判するな。少子化の原因だ。恋愛感情を想起、刺激する視覚的要素を社会からゼロにしてもならない。